page icon

「企業の価値」は資産や利益だけではない?M&Aで本当に評価される「見えない資産」とは

「企業の価値」は資産や利益だけではない?M&Aで本当に評価される「見えない資産」とは。

M&Aや事業承継の世界で、時として不思議な現象が起こります。あれほど輝かしい実績を誇っていた優良企業が、買収された途端にその勢いを失ってしまう…。いったい、なぜなのでしょうか?
こんにちは。エナウトパートナーズの桃井です。 事業の未来を託すM&A。そのプロセスの中で提示される企業価値評価(デューデリジェンス)のレポートを前に、一抹の寂しさや、あるいは違和感を覚えたことはありませんか? 「我が社の価値は、本当にこの紙に書かれた数字だけなのだろうか…」と。
その直感は、決して間違いではありません。M&A案件の少なくない部分が期待外れに終わる根源的な理由の一つは、評価の尺度が「過去の成績表」である財務諸表に偏りすぎているからです。貸借対照表(バランスシート)に記載された資産は、あくまで企業が活動した「結果」のスナップショットに過ぎません。本当に見るべきは、その資産を未来にわたって生み出し続ける、企業の「エンジン」そのものではないでしょうか。
今回は、この目に見えない「エンジン」、すなわち企業の真の価値である「見えない資産」が、いかにして未来の業績という「見える資産」を生み出していくのか、そのメカニズムについて、これまでとは異なる切り口で皆様と一緒に掘り下げていきたいと考えています。

① 情報の透明性が「組織の俊敏性」を生む

まず考えていただきたいのは、皆様の組織における「情報の流れ」です。
伝統的なピラミッド型の組織では、情報は上から下へと段階的に伝達されます。これは一見、統制が取れているように見えますが、実は深刻な「情報渋滞」を引き起こしていることが少なくありません 。現場で起こった問題や、顧客からの切実な声が経営トップに届く頃には、市場の状況は一変してしまっている…そんな経験は皆さんもあるかと思いますし、見聞きした事例としても枚挙に暇がありません。
一方で、生命体のようにしなやかな組織は、情報の流れが全く異なります。ITツールなどを活用し、組織のあらゆる情報がオープンに共有され、誰もが必要な情報に自由にアクセスできる環境が整えられています 。
この「情報の透明性」という"見えない資産"こそ、組織の俊敏性を生み出す第一のエンジンです。現場の社員がリアルタイムで顧客や市場の変化を察知し、その場で即座に最善の判断を下すことができる。このスピード感が、機会損失を最小限に抑え、結果としてダイレクトに業績(見える資産)へと結びついていくのです。

② 共有された“判断基準”が「社員の主体性」を生む

「うちの社員は、指示待ちで主体性がない」…そう嘆かれる経営者の方に、私はあえてこう問いかけたいのです。「社員の皆様は、どう判断すれば良いのか、その"拠り所"を本当に持っているでしょうか?」と。
実は、人の「意志」が生まれるプロセスには、現在研究がされており、様々なものがありますが、その一つが、「意志 = 入力情報 × 判断基準」というものです 。 つまり、人が「こうしたい!」という主体的な意志を持つためには、先ほどの「開かれた情報」に加えて、もう一つ、非常に重要な"見えない資産"が必要になります。 それが、組織全体で共有された「判断基準」、すなわち「私たちは何を大切にするのか」という価値観や理念です 。
この判断基準が組織の隅々まで浸透していると、社員は上司の顔色をうかがう必要がありません。目の前の課題に対して「私たちの組織ならば、どう判断すべきか」を自らの頭で考え、自信を持って行動に移すことができます。この一人ひとりの主体的な意志の総和こそが、組織を動かす巨大な推進力となり、大きな成果(見える資産)を創造していくのです。

③:挑戦を許容する文化が「企業の革新性」を生む

最後に、そして最も重要な「見えない資産」についてお話しします。それは、「挑戦を許容し、失敗から学ぶ文化」です。
ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した「イノベーションのジレンマ」という有名な理論があります 。これは、優良企業が既存顧客のニーズに応え、製品やサービスの改善を続ける(見える資産を守り、育てる)ことに集中するあまり、市場のルールを根底から覆すような破壊的イノベーションへの対応が遅れ、結果として衰退してしまうというものです 。
皮肉なことに、M&Aや事業承継の場において魅力的に映る、過去に大きな成功を収めた(優良)企業ほど、この罠に陥りやすいのです。成功体験が、新しい挑戦への足枷となってしまうからです。
では、未来の「見える資産」を生み出し続ける企業と、そうでない企業とでは、何が違うのでしょうか。 それは、組織の文化として「心理的安全性」が保たれる文化がインストールされているかどうかです 。社員が「こんなことを言ったら馬鹿にされるかもしれない」「失敗したら責められるだろう」といった不安を感じることなく、安心してリスクのある挑戦ができる文化。そして、たとえ失敗したとしても、それを個人の責任として追及するのではなく、組織全体の「学習の機会」として捉え、次なる一手へと繋げていく「学習する組織」としての姿勢 。これこそが、企業の革新性を担保する、究極の"見えない資産"なのです。

未来の価値は、「見えないエンジン」から生まれる

M&Aにおける真の価値評価とは、もはや財務諸表の数字を精査するだけでは不十分です。 その数字を生み出してきた、そして未来の数字を生み出していく「エンジン」の性能を見極めることこそが、最も重要です。
  • 情報の流れは、よどみなく、組織の隅々まで行き渡っているか?(情報の透明性)
  • 社員は、羅針盤となる価値観を共有し、主体的に判断できているか?(共有された判断基準)
  • 組織は、未来のための新しい挑戦を心から歓迎できているか?(挑戦を許容する文化)
これら3つの「見えないエンジン」がどれほど力強く稼働しているか。それこそが、その企業の未来価値そのものなのです。
もし、あなたが自社の価値を最大化したいと心から願うのであれば、その「見えない資産」にこそ、最大の愛情と時間を注いでください。それは、未来のパートナーに対する最大の誠意であり、何よりも、あなたの会社自身の持続的な成長に向けた、最も賢明で、確実な投資となるはずです。
また、事業承継やM&Aにおいては、財務情報等の「見える資産」だけでなく「見えない資産」を評価し価値観を共にできるお相手を探すことが大切になります。
私たちは、そんな皆様の挑戦を、心から応援しています。