経営学の歴史に学ぶ、税理士事務所の未来 ―科学的管理法から、ティール組織まで
経営学の歴史に学ぶ、税理士事務所の未来 - 科学的管理法から、ティール組織まで

税理士事務所の仕事は、顧問先の経営に深く寄り添い、数字の向こう側にある人々の生活を守るもので、その業務は社会にとってなくてはならないものです。
一方で、事務所の経営者として、こんな風に感じたことはないでしょうか?
「スタッフの生産性を、もっと効率的に高められないだろうか…」
「業務マニュアルを整備しても、どうも”やらされ感”が漂っている…」
「一人ひとりがもっと自主的に、プロフェッショナルとして動いてくれたら…」
わかります。効率化と、スタッフの自主性。この二つのバランスに悩むのは、経営者にとって永遠のテーマなのかもしれません。
実はその悩み、今に始まったことではなく、100年以上も前から多くの経営者が同じ壁にぶつかり、試行錯誤を繰り返してきた普遍的な課題なのです。
今日は、経営学の歴史という壮大な旅路を一緒に歩みながら、先生の事務所が今どこにいて、そして未来にどこへ向かうことができるのか、その大きな地図を広げてみたいと思います。
すべては「機械」から始まった―テイラーの科学的管理法
経営学の歴史を語る上で、まず登場するのがフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」です。20世紀初頭、工場での生産性をいかに上げるかという課題に対し、彼は「組織は機械である」という視点から、徹底的な効率化を推し進めました。
一連の業務を細かく分解し、各作業の標準的な時間を設定する。そして、その達成度に応じて報酬を決める。税理士事務所でいえば、帳票入力や申告書作成のプロセスを細分化し、それぞれの工程に標準時間を設けて、マニュアル化するようなイメージでしょうか。
この考え方は、業務の効率化や品質の安定化に絶大な効果を発揮し、世界中の工場経営に革命をもたらしました。先生の事務所でも、業務フローの標準化などで、この考え方を無意識に取り入れているのではありませんか?
しかし、この「機械モデル」には大きな副作用がありました。働く人々を、感情のない歯車として扱ってしまう危険性です。ルールとノルマで管理された職場では、どうしてもやらされ感が蔓延し、働く人の心は疲弊してしまいます。
「心」の発見―人間関係論という光
「もっと効率を、もっと生産性を!」という声が大きくなる一方で、ある画期的な実験が、経営学の流れを大きく変えることになります。エルトン・メイヨーらが行った「ホーソン実験」です。
この実験は当初、照明の明るさといった物理的な労働環境が生産性にどう影響するかを調べるものでした。しかし、研究者たちを驚かせたのは、照明を明るくしても、逆に暗くしても、生産性が上がったという事実でした。
なぜ、そんな不思議なことが起きたのでしょうか?
答えは、働く人々の「心」にありました。実験の過程で、研究者から関心を寄せられ、上司との面談で自分の意見を聞いてもらえたこと。その「自分たちは大切にされている」という感覚が、彼女たちのモチベーションを高めたのです。
これは、経営の世界における大発見でした。組織の生産性を決めるのは、物理的な環境やルールといった「ハード」な側面だけではない。むしろ、職場の人間関係や認められているという感覚、つまり「ソフト」な側面こそが重要である、という「人間関係論」が生まれた瞬間です。
「数字か、人か」―。この二大潮流は、その後も形を変えながら、現代に至るまで経営者を悩ませ続けるテーマとなります。
そして時代は「生命体」へ―VUCA時代とティール組織
さて、時代は大きく進み、現代。なぜ今、改めて組織のあり方が問われているのでしょうか。
それは、私たちが「答えのない時代」、いわゆるVUCA(ブーカ)の時代を生きているからです。税理士業界も例外ではありません。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応、そしてAIによる代替の可能性など、変化の波は絶え間なく押し寄せています。
このような予測困難な時代において、もはや「機械」のように決められたことを正確にこなすだけの組織では、変化に対応しきれません。そこで注目されているのが、組織を一つの「生命体」として捉える新しい考え方、フレデリック・ラルーが提唱した「ティール組織(進化型組織)」です。
ティール組織は、大きく3つの特徴を持つと言われています。
- セルフマネジメント(自主経営)上司からの指示を待つのではなく、メンバーひとりひとりが組織の目的のために、自らの意思と責任で判断し、行動します。税理士事務所でいえば、スタッフ一人ひとりが担当顧問先の「最高のパートナー」として、裁量権を持って動けるようなイメージです。
- ホールネス(全体性)「所長」「職員」といった職務上の仮面を外し、一人の人間として、弱さも個性も含めて、ありのままの自分でいられる職場です。そのためには、何を言っても非難されないという「心理的安全性」が不可欠となります。
- エボリューショナリーパーパス(進化する目的)組織が「なぜ存在するのか」という目的(パーパス)が、メンバー全員に共有されています。そしてその目的は固定されたものではなく、社会の変化に応じて、まるで生命体のように進化し続けるのです。
未来への羅針盤を、先生の手に
テイラーの「科学的管理法」も、メイヨーの「人間関係論」も、決して間違いではありませんでした。効率化の仕組みも、良好な人間関係も、組織にとっては不可欠な要素です。
大切なのは、それらを内包しながら、外部環境の変化に柔軟に対応できる「生命体」のような組織へと、一歩ずつ歩みを進めていくことではないでしょうか。
先生の事務所は今、歴史の地図の上で、どの段階にいらっしゃるでしょうか?
もしかしたら、スタッフの成長を願い、温かい人間関係を育む「家族(グリーン組織)」のような段階かもしれません。あるいは、明確なルールと役割分担で安定した運営を実現する「軍隊(アンバー組織)」の良さも持っているかもしれません。
どこにいるかが重要なのではありません。これからどこへ向かいたいのか、その羅針盤を先生自身が持つことが、未来を拓く第一歩となります。
完璧な組織など存在しません。試行錯誤を繰り返す「旅路」そのものを、ぜひ楽しんでいただきたい。私たちも、その旅路の伴走者でありたいと、心から願っています。
経営学の歴史に学ぶ、税理士事務所の未来 - 科学的管理法から、ティール組織まで
税理士事務所の仕事は、顧問先の経営に深く寄り添い、数字の向こう側にある人々の生活を守るもので、その業務は社会にとってなくてはならないものです。
一方で、事務所の経営者として、こんな風に感じたことはないでしょうか?
「スタッフの生産性を、もっと効率的に高められないだろうか…」
「業務マニュアルを整備しても、どうも”やらされ感”が漂っている…」
「一人ひとりがもっと自主的に、プロフェッショナルとして動いてくれたら…」
わかります。効率化と、スタッフの自主性。この二つのバランスに悩むのは、経営者にとって永遠のテーマなのかもしれません。
実はその悩み、今に始まったことではなく、100年以上も前から多くの経営者が同じ壁にぶつかり、試行錯誤を繰り返してきた普遍的な課題なのです。
今日は、経営学の歴史という壮大な旅路を一緒に歩みながら、先生の事務所が今どこにいて、そして未来にどこへ向かうことができるのか、その大きな地図を広げてみたいと思います。
すべては「機械」から始まった―テイラーの科学的管理法
経営学の歴史を語る上で、まず登場するのがフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」です。20世紀初頭、工場での生産性をいかに上げるかという課題に対し、彼は「組織は機械である」という視点から、徹底的な効率化を推し進めました。
一連の業務を細かく分解し、各作業の標準的な時間を設定する。そして、その達成度に応じて報酬を決める。税理士事務所でいえば、帳票入力や申告書作成のプロセスを細分化し、それぞれの工程に標準時間を設けて、マニュアル化するようなイメージでしょうか。
この考え方は、業務の効率化や品質の安定化に絶大な効果を発揮し、世界中の工場経営に革命をもたらしました。先生の事務所でも、業務フローの標準化などで、この考え方を無意識に取り入れているのではありませんか?
しかし、この「機械モデル」には大きな副作用がありました。働く人々を、感情のない歯車として扱ってしまう危険性です。ルールとノルマで管理された職場では、どうしてもやらされ感が蔓延し、働く人の心は疲弊してしまいます。
「心」の発見―人間関係論という光
「もっと効率を、もっと生産性を!」という声が大きくなる一方で、ある画期的な実験が、経営学の流れを大きく変えることになります。エルトン・メイヨーらが行った「ホーソン実験」です。
この実験は当初、照明の明るさといった物理的な労働環境が生産性にどう影響するかを調べるものでした。しかし、研究者たちを驚かせたのは、照明を明るくしても、逆に暗くしても、生産性が上がったという事実でした。
なぜ、そんな不思議なことが起きたのでしょうか?
答えは、働く人々の「心」にありました。実験の過程で、研究者から関心を寄せられ、上司との面談で自分の意見を聞いてもらえたこと。その「自分たちは大切にされている」という感覚が、彼女たちのモチベーションを高めたのです。
これは、経営の世界における大発見でした。組織の生産性を決めるのは、物理的な環境やルールといった「ハード」な側面だけではない。むしろ、職場の人間関係や認められているという感覚、つまり「ソフト」な側面こそが重要である、という「人間関係論」が生まれた瞬間です。
「数字か、人か」―。この二大潮流は、その後も形を変えながら、現代に至るまで経営者を悩ませ続けるテーマとなります。
そして時代は「生命体」へ―VUCA時代とティール組織
さて、時代は大きく進み、現代。なぜ今、改めて組織のあり方が問われているのでしょうか。
それは、私たちが「答えのない時代」、いわゆるVUCA(ブーカ)の時代を生きているからです。税理士業界も例外ではありません。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応、そしてAIによる代替の可能性など、変化の波は絶え間なく押し寄せています。
このような予測困難な時代において、もはや「機械」のように決められたことを正確にこなすだけの組織では、変化に対応しきれません。そこで注目されているのが、組織を一つの「生命体」として捉える新しい考え方、フレデリック・ラルーが提唱した「ティール組織(進化型組織)」です。
ティール組織は、大きく3つの特徴を持つと言われています。
- セルフマネジメント(自主経営)上司からの指示を待つのではなく、メンバーひとりひとりが組織の目的のために、自らの意思と責任で判断し、行動します。税理士事務所でいえば、スタッフ一人ひとりが担当顧問先の「最高のパートナー」として、裁量権を持って動けるようなイメージです。
- ホールネス(全体性)「所長」「職員」といった職務上の仮面を外し、一人の人間として、弱さも個性も含めて、ありのままの自分でいられる職場です。そのためには、何を言っても非難されないという「心理的安全性」が不可欠となります。
- エボリューショナリーパーパス(進化する目的)組織が「なぜ存在するのか」という目的(パーパス)が、メンバー全員に共有されています。そしてその目的は固定されたものではなく、社会の変化に応じて、まるで生命体のように進化し続けるのです。
未来への羅針盤を、先生の手に
テイラーの「科学的管理法」も、メイヨーの「人間関係論」も、決して間違いではありませんでした。効率化の仕組みも、良好な人間関係も、組織にとっては不可欠な要素です。
大切なのは、それらを内包しながら、外部環境の変化に柔軟に対応できる「生命体」のような組織へと、一歩ずつ歩みを進めていくことではないでしょうか。
先生の事務所は今、歴史の地図の上で、どの段階にいらっしゃるでしょうか?
もしかしたら、スタッフの成長を願い、温かい人間関係を育む「家族(グリーン組織)」のような段階かもしれません。あるいは、明確なルールと役割分担で安定した運営を実現する「軍隊(アンバー組織)」の良さも持っているかもしれません。
どこにいるかが重要なのではありません。これからどこへ向かいたいのか、その羅針盤を先生自身が持つことが、未来を拓く第一歩となります。
完璧な組織など存在しません。試行錯誤を繰り返す「旅路」そのものを、ぜひ楽しんでいただきたい。私たちも、その旅路の伴走者でありたいと、心から願っています。