スタッフの定着率が変わる!―事務所の「関係の質」を耕す方法
スタッフの定着率が変わる!―事務所の「関係の質」を耕す方法

記録的な暑さが続いておりますね。早いもので8月も半ば。少し落ち着かれたこの時期に、年末調整や来たるべき繁忙期へと思考を巡らせていらっしゃる先生も多いことと存じます。
そんな矢先、大切に育ててきたスタッフから、ふと退職の意向を告げられた…。そんなご経験はありませんか?
「これから年末にかけて忙しくなるという時に…」
「また求人を出して、一から教え直しか…」
大切に育てたスタッフが事務所を去っていく。その度に、言いようのない寂しさと、経営者としての焦りを感じてしまう…。そのお気持ち、痛いほどわかります。給与や待遇を改善しても、なぜか人の心が離れていってしまう。一体、何が原因なのでしょうか。
それはもしかしたら、目に見える条件ではなく、事務所の「空気」そのものに原因があるのかもしれません。私たちはそれを、組織を動かす基本プログラムである「組織のOS」と呼んでいます。そして、そのOSの根幹をなすのが、スタッフ同士、そして先生とスタッフとの間の「関係の質」なのです。
「結果」から始めると、組織は疲弊していく
ついつい私たちは、日々の業務に追われる中で、「結果の質」、つまり売上や処理件数といった目に見える成果ばかりを追い求めてしまいがちです。もちろん、事務所を経営していく上で結果は重要です。しかし、結果ばかりを優先するあまり、「早く!」「もっと正確に!」と指示や管理を強めてしまうと、どうなるでしょうか。
事務所の中には、徐々に緊張感が漂い始めます。スタッフはミスを恐れ、挑戦をためらい、余計なことは言わないようになります。隣の同僚が困っていても、「自分の仕事ではない」と見て見ぬふりをしてしまう…。そんな、ギスギスした空気が生まれてしまうことはないでしょうか。
これこそが、多くの組織が陥ってしまう「失敗の循環」です。
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」という理論があります。これは、組織の成果が「結果の質 → 関係の質 → 思考の質 → 行動の質」というサイクルで回っていることを示したものです。
「結果の質」から始めると、メンバー間の対立や押し付けが起こり、「関係の質」が悪化します。すると、斬新なアイデアや前向きな思考が生まれなくなり(思考の質の低下)、行動も受け身で消極的になります(行動の質の低下)。その結果、最終的に得られる「結果の質」も下がってしまう…まさに、負のスパイラルです。
成功へのスタートラインは「関係の質」
では、この負のスパイラルから抜け出し、スタッフが活き活きと働き、定着してくれるような事務所にするには、どうすれば良いのでしょうか。
答えは、サイクルの起点を変えることです。
そう、「関係の質」から始めるのです!
お互いを尊重し、安心して本音を話せるような信頼関係が築かれると(関係の質の向上)、スタッフは「もっと事務所を良くするにはどうすれば?」と前向きに考え始めます(思考の質の向上)。そして、「こうしてみましょう!」と自発的なアイデアや協力が生まれるようになり(行動の質の向上)、その結果として、サービスの質も顧客満足度も向上し、素晴らしい「結果の質」につながっていくのです。
これが、組織が自ら走り出す「成功の循環」です。大切なのは、まず土壌を耕すこと。スタッフ一人ひとりが安心して根を張り、成長できるような、温かい「関係の質」という土壌を、先生自らが耕していくことなのです。
関係の質を耕す、はじめの一歩
「関係の質が大切なのはわかった。でも、具体的に何をすれば…?」
そう思われる先生もいらっしゃることと存じます。難しく考える必要はありません。壮大な組織改革プロジェクトを立ち上げる必要もないのです。まずは、小さな「対話」から始めてみませんか?
それは、業務の進捗会議ではありません。お互いのことを深く知り、理解するための時間です。
例えば、
- 「どうして、税理士の仕事をサポートしようと思ったの?」
- 「この事務所で働いていて、一番嬉しかった瞬間はどんな時?」
- 「これまでどんな人生を歩んできたの?」
といった、一人ひとりのストーリーに耳を傾けるのです。
人は、自分の過去や想いを真摯に聴いてもらえると、心を開き、相手に信頼を寄せるようになります。そして、仲間のストーリーを知ることで、「この人には、こんな一面があったのか」と、単なる同僚から、共に働く一人の人間として、深く理解できるようになるのです。
そして、そうした対話を重ねる中で、ぜひメンバー全員で問いかけてみてください。
「私たち事務所が、仕事を通じて“大切にしたいこと”って、なんだろう?」
立派な経営理念を掲げることだけが目的ではありません。日々の業務の中で、クライアントと接する中で、メンバー一人ひとりが感じている「この事務所らしさ」や「仕事への誇り」といった、まだ言葉になっていない想いを、対話を通じて丁寧に紡ぎ出していく。そのプロセスそのものが、メンバーの心を一つにし、「私たちの事務所」という当事者意識を育むのです。
これは、組織の向かうべき先を示す「羅針盤」を、みんなで創り上げる旅路に他なりません。
スタッフの定着は、経営の安定に直結する重要な課題です。そして、その鍵を握るのは、給与や待遇といった条件だけではなく、日々のコミュニケーションの中にこそあります。
まずは、先生から心を開いてみてください。スタッフ一人ひとりの人生の物語に、真摯に耳を傾けてみてください。そこから生まれる信頼関係こそが、どんなマニュアルにも勝る、最高の組織文化を創り上げていくと、私は確信しています。
先生の事務所が、スタッフにとって「ずっとここで働きたい」と思えるような、温かい笑顔に満ちた場所になることを、心から願っています。